さらば、友よ
こんにちは。トミーです。
つまり、私の気持ちを垂れ流しする場所ですね!(^-^)笑
見守って頂けると嬉しいです。
学校をやめようとした時、ほんとにいろんな友達に止められました。
「ここまで来てやめるなんてもったいない!」
「これだけ親に学費払ってもらってやめるのは親不孝ものだよ。頑張って一緒に卒業しようよ!」
もう本当にその通りで、ぐうの音も出ませんでした…。
友達に引き止められることに加えて、自分も学校を辞めて今後どうしていくのか決まっていなかった不安もあって、やめようとして学校に行かないと決めても、またしばらくしたら何事もなかったように学校にまた通ってしまってたんです。
「学校やめなくてもやりたいことはできるはず」
「とりあえず大卒だけは取っておこう」
自分にそう言い聞かせては、どこか釈然としないまま学校にまた通ってしまってたんです。
今思うと、自分の中で「自分の人生を生きる」覚悟ができてなかったんですよね。
将来が怖かった。決められたコースから飛び出して生きていく自信がなかった。
そんなこんなでだらだらと学校に通っていたんですが、ある時気がつきました。
このままいくと、自分は消えてしまう、と。
もちろん物理的には消えません(笑)人生に悲観してたとはいえ、このまま死ぬ気なんてさらさらなかったですから。
でも本当に、人ってやりたくないことをやっていたら、人としての存在が消えてしまうんです。
やりたくないことをやっている人って、「生気」がほんとになくなっていくんです。
これは私も実際そうでしたが、学校で他にも辞めたいと言ってる人もいて…
その人はもう後がないからと言って続けることを選んだので私とは違う道を選びました。
でも明らかに目に生気が宿っていないんです。
私はその人のその目を見て怖くなりました。このままだと自分は消えてしまうのではないかと。
そこからは友達にも先生にも何を言われても、辞める!の一点張りでした。ここで自分の意志を通さなかったらまた同じことの繰り返しなので。
結局、やめてよかった。辞めることを間違いなく自分の意思で決めたからこそ、今ここにいるという感覚が戻ってきました。
辞めてからもしばらくは、止めてくれた友達とやりとりをしていましたが、自然となくなり、今では全く音沙汰ありません笑
学校をやめようとした数ヶ月でものすごく大切なことを学んだ気がします。
それは、どれだけ仲のいい、気の知れた友達や恋人や親が何を言おうと、自分で決めなければならないということです。
結局人は孤独なのかもしれないですね…。友達は私じゃないし、私は友達じゃないんです。
どれだけ一緒にいても違う人間なんですね。そして、自分で違う道を選ぶということは、その友達ともお別れする可能性があるということです。
環境が異なれば周りの人間も変わります。
でも、本当にやめてよかった。自分が消えないために行動してよかった。
なんとか首の皮一枚繋がりました笑
ここからが踏ん張りどきなので、また頑張ります。いい報告しにきます!
では。